■ 以上のことから分かる運動の特徴と、上の家の水田が見えない理由について

原風景をことさらに悪どく劇的に仕立てようとしている。

「かがしげる」ということばは、嫁を貰えば、嫁が手伝ってくれる、という牧歌的な意味の東北弁である。

それが、かがし、という蛇になったり、カが茂だ、などと意味不明瞭ながらおぞましい雰囲気のことばに色付けされて送られてくることがある。



栗の木台との家屋敷の取替えを何の根拠も無く、嫌らしい裏のある事件に見立てて、こっそりと、近隣の家の者に、不正なことのように吹き込み思い込ませたことがあったようである。



このように、勝手に、自分の好むどぎつい色合いの脚色を加えた原本を見本として、以後の活動が展開されていくのである。



湯田町伝え話集に、江戸時代最後の大飢饉の頃に指を煮ていたのを見たことがあったとその人から聞いたという、話が載っていた。

こういう時代には間々所々で似たような話が伝えられていることがある。

そして、似たような話というものは、かえって本当かどうか分からないこともあると思われる。

とにかくこの記事を眼にしていたら、運動の重要な隠し種に使っていないはずはない。



上の家の零落の理由は、主夫の若死にである。

何回か幼時を抱えた母子家庭になっている。

同じものを食べていても、一日中草取りをしている主婦はみな九十前後までの長寿である。

原因として、よく小高い古家の屋敷内に備えられていることの多い、堰沼の溜水が推定されている。

わざと木を植え並べて日陰を作り、乾かないようにしているのである。

何年もそのままにしておけば、水が腐って、病気の原因となるようないろいろな微生物が発生していたと思われる。

そして、いろいろと重労働が必要な水田を手放しても、畑だけは農婦だけの手で何とか間に合わせられるというので、元のままに残っていたのであろう。



年代考証と登場人物の出身部落名によって、いちおう上記の伝聞記載が本当であっても、上の家のことではないと確かめられる。