■ 人の世の担ぎ方について

穴から覗いているだけでは気功術は働きません。

江戸時代から幻燈術を使っていたのです。

ものが見えるのと同じに、一点に集中した射光を網膜に受けるだけなのですから、誰の眼にであろうとそのイメージを落とすことができます。

幻燈術といっても自然光をそのまま利用しているのですから、天然のカラーです。

単純な幻燈術の他に、偏光現象というものを利用したものがあったのかは知れません。

この現象は何時誰が発見したものか調べないと分かりませんが、その変わった光の性質の理由はずっと後からでないと説明がつきませんでした。

とにかくイメージを放つ器械を射光機と呼んでいたようです。

野外か隣室に覗き穴があるようなところに限って可能な術です。

バンカー時代です。にじり口から出入りする茶室のようなものが、地面すれすれに潜んでいたのでした。

眼には像を結んでも、薄暗がりでも、飛んでいる光のビームは横からは確認できません。



今では、後頭部視野神経細胞に働く電磁波が利用されているようです。

たとえば本当の「菫外線」なら、物体を通過します。

それによって、土中からも影を掛けて人の世に影響を与えられるようになっているのです。

菫外線という言葉は、宮沢賢治の文章にあって、たとえば近くの江釣子森山の山腹辺りに、何かの眼を感じていて、笑ったな、江釣子森め、とか、わくわく偏光とかという表現と並んでいます。

チューリップのグラス一杯のひかりの波に酔っ払ってしまう童話の場面があるが、その時地中の窓から忍び光線があふれ出ていたのだろうと思います。

この時は自然光で、まだ「菫外線」は発見されていただけで利用はされていなかったと思われます。



光からビーム線に換えられて今も使われているわけですが、一段とその触りを自覚されない程度の侵入になっていて、誰彼とない人の頭の物思いに巣食っているのです。

異物感がない限り永遠に気づかれないで、人の世の想念に住み続けることができるでしょう。

他者侵入感を持つと、うるさくて夜も眠れなくなります。

そっくり統合失調症の妄想症状になります。

夢見にも出ます。

しつこい現象に悩んでいる方、我慢しましょう、とにかく幻燈遊びにつきまとわれているのであって、自分の脳のハードウエアは大丈夫なのですから。



これが江戸時代にも使われていた手の一つです。