■ 宇宙第一の尊貴  イギリス人の立派さは殺人で汚されてはいけない

空が青いのは、青い光だけが空に散らばり、その空に広がっている青い光のおこぼれを見ているからだという。

身の回りには大分に赤もあり青もあり、ほぼ透明の光の中で、私達は朝には起きて人と出会ったりしている。



夕焼けが赤いのは、青い方の光だけがあまりに散らされ、私達に届けられる時点で赤く洗練されているからである。

青い光は無くなっているのではなく、私達に見えない奥のほうの大気にたっぷり留められているのである。

従って地球の大気がもっと厚かったら、真昼間の空気も銑鉄のようにずっと赤いままであった。

火山爆発時代の地球の空気の色はそういうものであったらしい。



空や海がいつも青いというのではない。

夜には色を失う。

濁ればしろっぽくなる。

しかし、空や海は他の何かの色をそのまま反射して青いのではない。

いわばみずからの性質からも青いのでもある。

従って、空が曇っていても明るい光があれば、海の水の色はなかなか青い。

半透明体であるガラスも青っぽい光を蓄えがちである。

雪を覆った山嶺は全体的に一段と青々と見え、燦然と降ろす陽光の下、雪はたっぷりと青い光を蓄え、そのあおりで一帯は青びかりしたようなフェスタである。



蓄えるというよりも、特定の光波だけをトラップして逃がさないで跳ね返していると言うべきであろうか。

これから咲く(5月13日記述)つつじの花びらの色の輝き方に、眼を止めていただければ、感ずるものがあるはずである。

花弁はいわばみずから、みずからの電子化学現象で、息をつくみたいに発光しているのだと。



水の惑星地球を宇宙的視点で見てみようではないか。

このような、生きているような、青くみずみずしい球体が、黒く広い宇宙の中でどれほどに異常なことであるのか。

そして、目の前に見る、明るい青い空、遠くの山々、あるいは、近くの水気を含んだ朝の山々の芳しい青々しさを、宇宙第一の尊く高いものとして仰ぎ見、気を晴らすのも、自然で正直なことだと思う。